語学学習の臨界期についてCognitionというジャーナルに発表されたある論文が、大きな話題を呼んでいます。MITの脳科学者らが執筆した、A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakersという論文です。
BBC、TIMES、The Guardian、Daily Mailと、多くのメディアがとりあげたこの論文。子供たちのインターでは、理事長がブログで取り上げていました。この論文、なにがすごいかというと、Facebookに英文法のクイズを掲載し、70万人近い英語話者(3分の2は第二言語が英語)のデータを集め分析したという点です。閲覧者の興味をひくようなクイズを作りSNSでビックデータを集めてしまうというのが、なんとも現代的ですね。
論文は現時点ではお金を払わないと読めないため、残念ながら私は原典にあたることができませんでした。いくつかインターネット上の記事を読んだなかでは、著者へのインタビューを交えたTIMESの記事(Why It’s So Hard to Learn Another Language After Childhood )が比較的わかりやすいように思ったので、以下同記事の要点をかいつまんで紹介します。
・10歳以降に新たな言語の学習をはじめた場合、ネイティブレベルの流暢さを獲得するのは困難である。10歳を少し経過したくらいの年齢から開始した場合、かなり流暢になれる可能性があるが、完全な流暢さを獲得するのは難しい。※
・その後言語学習能力がガクンと落ちるのは、17,18歳くらい。その原因はよくわかっていない。脳の可塑性の変化、就職や大学進学などライフスタイルの変化、あるいは、もう新しいことを学びたくないという気持ちの高まりなどが考えられる。
・また、今回の研究で、教室で語学を学ぶより、イマ-ジョン環境で学ぶことが効果的ということも分かった。本から学ぶより、ネイティブ話者と会話をする環境を作る方がいい。そうすれば、大人であっても、十分流暢な会話力を身に着けられる。
※なお、TIMESの記事ではtotal fluencyという言葉が使われているので、そのまま訳しましたが、エセックス大教授が書いた本論文の解説によれば、「この論文ではfluencyという言葉は一度も使われていない。論者が分析しているのは文法的に正しい会話をすることができるかという点であり、メディアの報道はミスリーディング」とのこと。
今回の研究で得られた結果について、英語教育という観点から整理すると、以下のような感じになるのかなと思います。
・ネイティブ同様の100%正しい文法で話せるようになるためには、10歳までに英語学習をはじめることが必要。
・ネイティブレベルを目指さないならそれ以降でも問題なし。ただし17~18歳を過ぎると言語学習能力が落ちるので、それまでに始めた方がいい。
・会話能力獲得には、本を読んだり授業を受けたりするより、イマージョン環境を作ることの方が効果的。
言語取得の年齢的限界については、「赤ちゃんのときにはじめないと聞き取れない音がある」とか、「母語習得の臨界期は3歳から5歳」とか、「思春期に入ると言語習得の脳内スイッチが切れる」とか、様々な説が唱えられてきたわけですが、17~18歳というのは、これら既存の学説に比べるとかなり遅い印象です。ちなみに0歳と10歳では、ほとんど結果は変わらないそうです。英語教育は早く始めれば始めるほど効果的というわけではないということになりそうです。
ビッグデータをもとにした今回の研究。色々参考になる面がありますが、その一方でメディアの報道レベルではよくわからない点も多々ありました。たとえば、10歳から英語学習をはじめたといっても、英会話教室に通い始めただけの場合と英語圏に移住した場合では全く状況が異なるはずなので、「学習開始年齢」のみで十把一絡に扱うのは無理があるように思います。このあたり、この研究がどういう風にデータをとって、どういう分析をしているのかは、よくわからずでした。また、日本語のように、言語学的に英語とは系統がかけはなれた言語を母語とする場合も同じような結果になるのだろうかという点も気になりました。SNSでデータを集めていることから、回答者層に偏りがありそうな感じがします。もうちょっと詳しくデータの内容と分析手法を見てみたいな~という感じですが、原典にアクセスできないので、それもかなわず。もし読む機会がありましたら、もう少し詳しく分析して、ご報告したいと思っています。