その競争、必要ですか?

先日のこと、友人がFacebookで、運動会の場所取り合戦の激しさを紹介していました。掲載されていたのは運動会当日、午前4時ころの小学校のまわりの様子。暗闇のなか、門からずらーっと学校の敷地に沿って、テントやら椅子やらが並んでいます。あちこちにチラチラ見える明かりは、携帯の光。お父さんたちが頑張って、場所取りのために並んでいるのでした。

友人は午前4時に行ったものの、貰った整理券の番号は70番台だったそうです。

どうしてこんなことになってしまっているのかは謎ですが、多分、場所とりのために早く並び始めるお父さんが現れて、段々エスカレートしていってしまったんでしょうね。運動会に両家の祖父母を呼んで歓待したいとか、いい場所をとって子どもの晴れ姿を堪能したいとか、ご家庭によってニーズは色々あるんでしょうが、テントを張って深夜から場所取りをするほどのことなのかなと疑問に思います。そんな時間があったらその分子どもの相手でもしてあげた方が、みんなハッピーなんじゃないかしら。長女が通っていた日本の小学校でも同じような運動会の場所取り合戦はあって、以前から不思議に思っていましたが、場所取り合戦が一切ないインターの運動会が普通になってくると、この場所取り合戦がなおさら不毛で異様なものに感じられてしまいます。

ちなみに一度だけ参加した日本の小学校の運動会、我が家は場所取り合戦には参加せずでした。普通に開会直後に行っても、ごはんを食べる場所はあったし(校舎の中の下足置き場でしたが・・笑)、子どもたちの競技も見れました。道具係なるものをやっていたので、一部はグランドの真ん中で見ることができました。そして子どもたちの写真は、カメラが上手な友達のパパが素晴らしいものをたくさん撮ってくれました。

一方、運動場に大きく場所をとって一族郎党で運動会に来ている人たちも相当数いました。ところがお昼の直前から小雨が降りはじめる事態に。みなさん屋根がある下足置き場に移動してくるかな~と思っていたのですが、せっかく長時間並んで確保した一等地、手放す気にはなれなかったんでしょうね。みなさん傘をさしてお重をつついていました。見ていてなんだか気の毒でした。

 

日本人は横並び意識が強く、人に後れをとることに恐怖心を持つため、一事が万事こんな感じで、無駄な競争をしている場面が多いなと感じます。人が行列に並んでいると、うちも並ばなきゃと思ってしまう。運動会の場所取り合戦はその象徴なのかなと思いますが、教育でも同じような部分があると思います。

周囲が私立を受験するから、うちも受験しなければいけない。いい私立に行くには、実績のある塾に入れなければならない。実績のある塾に入れるには、低学年から塾に行かせて、対策をしなければならない。だから〇〇さんちは小1から塾に行かせているんですって。今はそれが普通なんですって。だからうちもそうしようかと考えているのよ。

こういう話を聞くたびに、なんだかな~と思ってしまいます。

 

人生に競争はつきものです。でも、その競争、何のため?本当に必要なの?

立ち止まって考えることも、時には大切なんじゃないかなと思います。自戒も込めて。

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