インターの授業にみるグローバル競争

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今日は長女の学校の授業参観に行ってきました。

今日の授業の題材は、Joan Miroが描いたBlue Ⅱでした。先生が子ども達に、「この絵は何を表していると思う?」と問いかけます。

blue
先生の質問が終わるやいなや、教室のあちこちから、パパパと手が上がります。

「この絵が表しているのはひとりの人間の人生だと思います。黒いドットは喜びや悲しみを表していて、大きいほど喜びが大きいのです。右端が誕生で、最後の赤い線が死を表しています。」

「この絵が表しているのは音楽家と音との戦争です。赤い線が音楽家で、黒いドットは空に漂う音です。」

その後も子ども達の発言はどんどん続きます。どの答えもクリエイティブ。子ども達はホワイトボードに映し出された絵の前で、絵を指さしながら、自分の考えを力説します。

え、うちの子?始終みんなの発言をニコニコしながら聞いているだけでした(汗)

 

授業が終わった後、隣にいた夫がポツリと言っていました。「今日の授業、すごかったな。なんだか昔受けたMBAの授業みたいだった。いや、ビジネスの世界でのやりとりそのものかもしれない・・・まさしくグローバル競争の縮図だな。」

要求されるのは、瞬発的な思考力、創造性、プレゼン力。正解がない問いに対して、いかに短時間で、クリエイティブな回答をひねりだし、それを他者に説得的かつ積極的にアピールできるか。

積極的にどんどん手をあげる他国の子どもたちと、ニコニコ笑いながらただ他の子の話を聞いているうちの子ども。グローバル競争の現場で起きていることと同じことが、インターの8~9歳の子ども達の小さな教室で起きていて、なんだかびっくりしてしまいました。

 

日本人は、自分の意見を言うのに慎重だったり、積極的なアピールをしなかったりする人が多いといわれています。それは日本人のいいところでもあるとは思うのですが、グローバルスタンダードでは、「意見を言わない人=存在価値のない人」なんですよね。そのことは頭で分かっていても、「しっかり意見を言う」という教育を私たちは受けていないので、いざ会議の場に出ても、なかなか言葉がでてこなかったりします。発言のタイミングがつかめず、「ああ、今回もうまく意見を言えなかった・・・」と忸怩たる思いを抱いたことが私も幾度となくありました。小さいころからこういう授業を受けていたら、すこしは変わるのだろうか。それとも元来の性分のようなものが影響して、やはり控えめで口下手な日本人体質のままなのだろうか。

色々考えさせられた今日の授業参観でした。

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