【論文紹介】早期バイリンガル教育の潜在的リスク(小川修平、2003年)

早期バイリンガル教育について語るとき、必ず出て来るのが、「セミリンガル問題」です。セミリンガルとは、一般的には、英語と日本語、両方ともが中途半端になってしまって、思考力などが十分に育たなくなる状態をいいます。セミリンガルの危険性については、バイリンガル教育を実施している親御さんや、教育者など、いろいろなひとが言及していますが、きちんとした学術論文は少ないようです。先日たまたまネットサーフィンをしていたときに分かりやすい論文を見つけたので、紹介します。

早期バイリンガル教育の潜在的リスク
ーセミリンガル生成のメカニズムと二つのリスク体系ー
(小川修平、2013年)

インターネットが発達して情報収集が容易になったのはいいのですが、ネットに落ちている情報は玉石混合です。どれが玉でどれが石かは素人にはよくわからないです。単に口コミ情報を知りたいだけならば情報の質については拘らなくても良いと思うのですが、この種の議論がある問題を考えるときには、私は、できる限り、信頼できるリソースを探すようにしています。学術論文は、実名で書かれており、かつ、著者の対外的評価に影響を与えるものですから、時間をかけてリサーチをして、考えに考えて執筆されていることが多く、時間をかけてじっくり読む意義を見出せるものに出会える可能性が高いです。また、たいていの学術論文では、検討の前提として、先行研究に言及しているものが多いので、自分の専門外の分野について、専門家の間での議論の全体像をざっと把握したいときなどにはすごく便利だと思います。

そんなわけで、前置きが長くなりましたが、上記小川論文の概要をご紹介します。

簡単にまとめると、要旨は以下の3点です。
① 臨界期仮説は妥当性を有するのか
一定の年齢を超えると外国語の習得が困難という臨界期仮説は支配的な理論となっているが、これに異論を唱える実証的研究も多く、混沌とした状態。いずれの立場に立つにせよ、開始年齢が全てではなく、モチベーションや学習適性などの他の要因も影響してくるのは間違いない。

② 早期英語教育のリスクとは
児童の年齢が低ければ低いほど、言語喪失(母語の能力の衰退)が起きやすい。そして、個人差はあるものの、一般には、第二言語にて生活言語能力(BICS)を取得するには2年、学習言語能力(CALP)を取得するには5~7年を要する。
第二言語で教育を受けた場合、母語も第二言語の能力も同年齢の児童の平均以下という期間ができる可能性が高く、この間はどちらの言語でも知識を十分に吸収できない「空白期間」になるリスクがある。
過去にアメリカの日本語補習校を対象に行われた調査では、2つの言語を同時かつ完全に使えるbalanced bilingualは5割以下であった。すなわちネイティブレベルの語学力獲得を目指してバイリンガル教育を試みても半分以上の確率で失敗する。

③ 早期英語教育はあらゆる局面において効果的なのか

習得目標をBICSとするのであれば早期教育は有効。習得目標をCALPにするのであれば早期教育がベターとは言えない。
高いレベルを目指すのであれば早くから始めた方が目標達成確率は高まると思われるため、③の結論は違和感がありますが、筆者が言いたいのは、どちらの言語も平均以下で十分に知識を吸収できない期間が長くなれば長くなるほどセミリンガルのリスクは高まりますよ、ということのようです。リスクのみを取り出して考えれば確かにそのとおりかもしれません。でも、ビジネスでもなんでもそうですが、リスクとリターンの片方のみに着目するのは無意味だと思っています。よって個人的にはこの結論には賛成できません。

個人的に「ヘ~」と思ったのは、紹介されていたアメリカ補習校での調査の結果です。日本語と英語がともに平均以上の「プロフィシエント・バイリンガル」は半数以下、両方とも平均以下の「リミテッド・バイリンガル」が約7%、どちらかの言語のみが平均以上の「パーシャル・バイリンガル」が約50%となっており、この結果をもとに筆者は、「早期バイリンガル教育は半分以上の確率で失敗する」と結論づけています。ここから先は評価の問題になってしまいますが、「パーシャル・バイリンガル」だとしても、ネイティブに近いコミュニケーション力があれば、私はバイリンガル教育としては成功だと思っています。また、滞在期間が短いお子さんは、一時的にセミリンガル状態になるものの、滞在期間が伸びるにつれ(あるいは日本に帰国をすると)セミリンガル状態から脱することが多いと思うので、調査時点の状態のみをもって成功率を論じるのはどうなのかなと思いました。いずれにせよ、海外環境でのバイリンガル育成は、私が思っていたよりも成功率が高そうです。

 

またこの論考では、CALP取得に5~7年を要することを大前提とした検討がなされていますが、年齢によっても異なるように思え、その点は「?」でした。実際にこの手の記述を見ることが最近多かったので、根拠を調べてみると、Cumminsさんという偉い学者さんがかなり昔にそういう論文を出して、それからCALP5~7年というのが学会の定説になったようでした。うーん、そこそもBICSとCALPは学齢が低ければ低いほど区別がつきにくくなるし、どうなんでしょうね。この点は時間があるときにもう少し調べてみようと思います!

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