インターの学校生活

海外生活が子どもの人格形成に与える影響

早いもので、我が家の海外滞在もそろそろ2年半となります。そのような中、自分の子供と接していて、「なんだか普通の日本の子とは違うな」と感じることが増えてきました。とりあえず思いつくことを簡単にまとめると、以下のような感じ。

 

①はっきりと自分の意見を言う。

人の意見もきちんと聞くけど、「自分はこうしたい」「自分はこう思う」ということを比較的はっきり言います。

たとえば、友達と遊ぶとき。日本語でも、「私は鬼ごっこをしたいんだけど、●●ちゃんは何したい?」という言い方をします。英語の”I want to play tag! What do you think?”と同じ感覚で話している模様です。そんな聞き方をしたらお友達は違う意見を言えなくなってしまうよ~と親の私は横でハラハラ。

多分、グローバルスタンダードでいけば普通なんでしょうけど、日本人の感覚からはずれてきてしまっていますね。


②価値観や考え方がヨーロッパ的。

子どもたちと話をしていると、根本的な価値観や考え方が、日本人よりもヨーロッパ人に近いかもしれないと感じることがしばしばあります。

たとえば先日のこと。「パリのディズニーランドに行かない?」と提案したのですが、長女は「やだ」と即答。理由を尋ねたところ、①数分のアトラクションのために長時間行列に並ぶなんて馬鹿みたい、②中央のお城を含め、全体的に作りが偽物っぽくてなんか嫌、とバッサリ。「近所の公園にサイクリングに行く方がずっといい」とのこと。ディズニーランド、日本にいたときは大好きだったんですけどね。

シンデレラ城と、そのモデルと言われるノイシュヴァンシュタイン。デザインだけみればシンデレラ城の方が尖塔が多くて素敵じゃないかという気もするのですが、やっぱりアヒルと白鳥ほどの違いがあるんですよね。にもかかわらず「夢の国」を謳うディズニーランドに、長女は不自然さを感じているのかなと思います。ちなみに長女はレゴランドは大好き。こちらは「レゴの世界」ということで完結しているので、彼女の感覚ではOKなのでしょう。

ヨーロッパ人は全体的に、歴史が浅いアメリカのカルチャーを下に見るようなところがあります。特にトランプ政権が誕生してから、アメリカを笑いのネタにするような風潮が強くなってきています。長女についてもそういうところが少なからず出てきているので、気を付けなければならないなと感じています。

 

③人間関係をフラットにとらえている。

インターでは先生にはMr.やMs.をつけて呼びますが、学校のスタッフや友達のママなど先生以外の大人に対してはファーストネームで呼ぶのが基本です。もちろん「先輩」「後輩」という概念もありません。

フラットな人間関係に慣れているため、日本人の大人相手でも、気を抜くとタメ語になっていて、横で聞いていて冷や汗が出てくることがあります。

ただ、人種だとか宗教とか肌の色とか、人が生まれながら持つ違いをものともせず、どんどん友人を作っていける点は本当にすごい。感心してしまいます。

 

 

この数年の海外生活で形成された人格は、おそらく今後も消えることがなく2人の中に残り続けるのではないかと感じています。いい面もあれば悪い面もあるのですが、日本社会で恙なく生きていくためには、(1)「空気を読む力」(「忖度」ともいいますね)を身に着けるか、あるいは、(2)「圧倒的な能力+周りの圧力にへこたれない精神的強さ」を持つか、どちらかが必要なのではないかと感じています。

次女の場合は協調性があり、空気を読めるタイプの子なので、何とかなると思うのですが、問題は長女です。日本にいたときからマイペースで協調性がない子だったので、それにますます拍車がかかっている感じです。(2)を目指せればいいのですが、そう簡単にはいかないと思うので、そうすると海外で仕事をして生活するという将来像を前提に、今後の進路を考えてあげた方がいいのかなと悩み中です。

 

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